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東京地方裁判所 昭和54年(特わ)1218号 判決

主文

被告人を禁錮五月に処する。

この裁判の確定した日から一年間右刑の執行を猶予する。

理由

(犯行に至る経緯等)

被告人は、昭和三一年四月、総合商社である日商株式会社(昭和四三年一〇月一日、岩井産業株式会社と合併して「日商岩井株式会社」となる。以下「日商」という)に入社し、主として東京支店の航空機部に所属し、昭和四〇年一二月、同部のボーイング課課長代理となったが、昭和四二年八月一五日に退社し、電子工学製品の販売等を業とする会社に入ってその役員などをしたのち、自ら電機製品の輸出入等を業とする会社を設立してその経営に当っている者である。ところで、被告人は、日商在職中、昭和三九年一〇月ころから、当時同社が販売代理店をしていたマクダネル・ダグラス社製の戦闘機F四Eファントム(以下「F四E」という)を、わが国の第三次防衛力整備計画における戦闘機として売り込む活動に従事したのであるが、日商では右売込のため(当時の)機械第二本部長兼航空機部長海部八郎を中心として、有力政治家に陳情するなど、F四E採用に有利になるよう種々の政治工作を行っていた。こうしたさなかの昭和四〇年七月ころ、被告人は海部から「次期戦闘機について、岸前総理大臣と懇談し、F四Eの輸入、国産化等の確認を得、日商から岸氏にイニシエーションフィーとして二万ドルを支払った」ことなどを内容とする川崎重工業砂野社長あて海部作成名義の一九六五年七月二四日付書簡の投函を依頼されたことがあったが、投函前、仕事上の備忘資料として残すため複写機により右書簡の写しを作成して自らこれを保管し、さらに昭和四一年三月ころ、海部から「岸前総理大臣から松野、福田両氏に対する支払要請があったので、海外の二銀行口座へ合計一、二〇〇万円の送金を依頼する」旨の日商経理部長あて海部作成名義の同月一八日付書面を同部長に届けるよう指示され、これも前同様複写機で複写して写しを自ら保管していた。

被告人は、やがて海部との間に感情の行き違いを生じ、海部に対して不信の念を抱くなどのことがあって前記のとおり日商を退社したのであるが、その経緯から海部に強い反感を持ち、日商のF四E売込活動を妨害し海部に打撃を与えようとの意図を生ずるに至り、前記海部の書簡等の内容を公けにしてやろうとの目的で、F四Eの競争機であるロッキード社製CL一〇一〇―二の売込に当っていたロッキード・エアクラフト・インターナショナル社長に右保管していた書簡及び依頼書各写しをさらに複写したものを渡し、さらに、求められるままに知人の雑誌編集者及び政界の黒幕といわれる人物にもこれらの書面写しを渡すなどしたため、これらが「海部メモ」と称されて巷間流布するに至った。また、被告人は、昭和五一年九月ころ、共同通信社記者の取材に応じ、F四Eの売込情況、海部ないし日商と政治家との関係、海部の事務処理の習慣等について話したことがあったが、昭和五四年二月一三日、その談話内容が新聞報道され、右海部メモとともに世間の関心を集めていた。

折りから、衆議院予算委員会は、航空機購入予算問題に関し、F四E戦闘機売込情況等の調査に乗り出し、被告人を証人として喚問することに決定したが、当時は、前記F四Eの売込活動が行われてから長期間を経過していたため、当該活動に伴い想定されうる外国為替及び外国貿易管理法(以下「外為法」と略称する)違反等の犯罪行為についてはすでに公訴時効が完成していると考えられ、また、被告人自身、海部メモに記載されている事実の真否については知るところがなく、かつ、売込活動に関連して外為法違反その他の犯罪行為の謀議ないし実行に関与したこともなかったのであるから、被告人は尋問に応じてその知るところを証言しても、これにより自己が刑事上の訴追を受ける可能性はないということができ、なお、F四E売込活動への被告人の関与に関するその他の事情を勘案しても、結局、被告人が証言を拒む正当理由はない情況にあった。

しかるに被告人は、右証人として喚問されるに際し、先ず、前記「海部メモ」について尋問されることを予想するや、あれこれ証言拒絶の方策を検討したうえ、結局証言を拒む正当な理由がない情況にあることを了解し、さらに右共同通信社記者との会見内容についての報道を知りこれについても同様の理解に達したのであるが、もし尋問に応じて証言した場合には、政治的に大きな問題を惹起するのではないかと怖れると共に、自らがその火付け役になるのは何としても避けたいと思い、ついに、自己が外為法違反により刑事上の訴追を受ける可能性があると称して右予想される諸尋問に対し証言を拒絶しようと決意するに至った。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五四年二月一四日、東京都千代田区永田町所在衆議院予算委員会において、証人として法律により宣誓のうえ証言するに際し、前記のとおり、その証言をすることによって自己が外為法違反により刑事上の訴追を受ける虞がある等、証言を拒む正当な理由は存在しないのにもかかわらず、証言が被告人に対する外為法違反による刑事上の訴追を招く虞があるとして、海部メモと称され巷間出回っている前記川崎重工業社長あて書簡及び日商経理部長あて依頼書の各写しについて、同メモは海部八郎が作成した書面の写しであるかどうか、同メモについての被告人の認識、同メモに記載されている二万ドルの支払の有無及び方法、同メモに記載されている外国銀行への送金の実行者及び相手方の氏名についての各尋問、被告人が前記共同通信社記者の取材に応じて話した海部八郎の事務処理の習慣、同人の特定政治家への接近の経緯及びその政治家との関係、政治家への金の渡し方として海外銀行への送金という方法をとったことの有無、日商が航空機の売込に関して政治家に現金を渡した時期・金額、これを受け取った政治家の氏名及び銀行口座に振り込む方法により金を渡した政治家の氏名・金額・時期、被告人が直接持参して金を渡した政治家の氏名についての各尋問に対してそれぞれ証言を拒み、もって正当な理由がないのに証言を拒んだものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示所為は議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律七条一項に該当するので、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮五月に処し、刑法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から一年間右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

本件は、判示F四E戦闘機の売込に際し、日商から特定の政治家に対する金銭の支払やこれら政治家の暗躍があったのではないかとの疑惑の真相を究明するために、国会が予算審議に関する国政調査権発動の一環としてした被告人に対する証人喚問にかかるもので、その尋問事項は右疑惑の中核にも関連し重要である。これに対し被告人は、判示のとおり証言を拒む正当な理由がないのに、そのことを知りながら、単に政治的波紋を惹き起す火付け役になりたくないとの動機により、あえて、右疑惑の有無にかかる主要な各尋問に対する証言をすべて拒絶したものである。そして、判示の経緯に鑑みると、被告人は「海部メモ」流布の原因となる行為に出るなど自ら疑惑の種を蒔いたうえ、その意味で自ら招いたともいえる証人の立場に置かれるや、一転して証言を拒み、このことにより更に事態の混迷を深めたとみることができるのであって、国政調査権の行使を阻害した程度も低くなかったものというべく、しかも、被告人は、本件に至るまで相当期間、証言を避ける方策につき種々検討を重ねていたのである。以上の諸点を総合すればその犯情はかなり重いといわざるを得ず、証言当時、被告人が国民注視の中にあり、尋問に応じて証言すれば、なお次々ときびしい尋問追及の対象となることが予想されたこと、被告人が外国から帰ってその足で国会に赴いて証言に臨み精神的肉体的に疲労していたこと等、当時の被告人をめぐる諸情況を考慮してもなお本件証言拒絶の責任は大きく、これを軽微であると評価することは許されない。

しかし、他方、被告人は本件証人尋問にかかる諸事実につき捜査官にその知るところを供述し、反省の情を示していると認められること、証言拒絶を決意する過程において、証人尋問に対し偽証する事態は避けようと考えたふしがあること、証人喚問に際する前記の諸清況から被告人はかなり追い詰められた心境にあり、この点、或る程度酌むべきものがあること、被告人に前科前歴が全くないこと等の諸般の情状を考え合わせ、被告人に対しては禁錮刑を科することとするが、刑期を五月としたうえ、その執行を一年間猶予するのが相当であると判断した。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田光了 裁判官 永山忠彦 木口信之)

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